🌆 沿線風景手帖|THE LOCAL LINE. - フレクマ

🌆 沿線風景手帖|THE LOCAL LINE.

関内駅前は、次の時代へ。

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関内駅前は、次の時代へ。

――セルテ跡地、BASEGATE、そして“新しい横浜”が動き出す


朝の関内駅北口。

通勤客が改札から流れ出る横で、工事囲いの向こうでは新しい街の準備が進んでいる。
数年前まで見慣れていた景色が少しずつ変わり、駅前の空が前より広く見える。

セルテがあった頃、このあたりにはもう少し雑多な空気が流れていた。

地下スーパーへ向かう地元の人。
開店準備を始める飲食店。
エレベーター前で待ち合わせをする若者たち。

朝と夜、平日と休日。
時間帯によって街の顔が大きく変わるのが、関内という街の特徴だった。

いま、その景色が静かに更新され始めている。


🏙 BASEGATE横浜関内が変える“街の重心”

最近、関内周辺で特に話題になっているのが「BASEGATE横浜関内」だ。

旧市庁舎街区を中心に進む大規模再開発で、オフィス、商業施設、ホテル、エンターテインメント機能などが一体となった新しい都市空間が計画されている。

これまでの関内は、“通過する街”という側面が強かった。

昼はオフィス街。
夜は飲み屋街。
休日は少し静かなエリア。

しかし近年の横浜DeNAベイスターズ人気による横浜スタジアムの盛り上がりと連動したBASEGATEの完成によって、街に「滞在する理由」が増え始めている。

イベント。
飲食。
観光。
仕事。
そして日常の時間。

関内駅から馬車道、さらにみなとみらい方面へと、人の流れが自然につながっていく。

以前は少し区切られて見えていた街が、ようやく“面”として動き始めているように感じる。


🌿 セルテ閉館は、“街の時代交代”だった

そんな中、多くの横浜市民の記憶に残ったのがセルテの閉館だった。

セルテは決して最新の施設ではなかった。
けれど、あそこには“関内の日常”が詰まっていた。

地下へ降りればスーパー。
夕方になると、買い物袋を提げた人たちが自然に行き交う。

6階にはラーメン店が並ぶ一角があり、その近くには洋食屋「ヤンキース」。
少し懐かしい空気の中で、ナポリタンやハンバーグを食べた記憶がある人も多いだろう。

さらに上階には居酒屋が並び、もっと上にはライブハウスもあった。

仕事帰りの会社員。
ライブを観に来る若者。
終電前に一杯だけ飲む常連客。

セルテは、“目的地”というより“街の途中”だった。

だから閉館には寂しさもあった。
けれど同時に、「次の関内」が始まる象徴にも見えた。


🏗 セルテ跡地周辺も、“更新”が始まっている

現在、セルテ跡地周辺では老朽化したビルの更新や再整備の動きが少しずつ広がっている。

関内駅前エリアでは、今後さらにオフィス・商業・ホテル・住宅機能を組み合わせた再開発が進む可能性が高いと言われている。

特に関内駅北口周辺は、横浜スタジアムや旧市庁舎エリアとの回遊性向上も視野に入っており、“駅前の使い方”そのものが変わろうとしている。

以前は「古いオフィス街」という印象を持たれがちだったエリアも、
最近では若い世代や新しい飲食店、クリエイティブ系の店舗が少しずつ入り始めている。

再開発というと、どうしても「古いものが消える」という印象が先に立つ。

けれど関内の場合は、
街そのものを完全に作り変えるというより、
“古い横浜の空気を残しながら更新していく”流れに見える。

そこが、この街の面白さなのかもしれない。


🚶‍♂️ 関内から桜木町へ、街の空気が変わっていく

面白いのは、関内駅前が近代化していく一方で、少し歩けばまだ昔ながらの空気が残っていることだ。

吉田町には昔からのバーや個人店が並び、夕方になると柔らかな灯りがともり始める。

そして大岡川を越えて桜木町方面へ向かえば、野毛の雑多な飲み屋街へ空気が切り替わる。

小さな居酒屋。
古いスナック。
ライブバー。
音楽帰りの人たち。

ほんの数百メートルなのに、街の温度が少しずつ変わっていく。

この“グラデーション”こそ、関内〜桜木町エリアの魅力なのだと思う。

新しい横浜と、昔ながらの横浜。
その両方が、無理なく地続きでつながっている。


☕ 「働く街」から、「時間を過ごす街」へ

以前の関内は、平日は人が多いのに休日になると静かな街だった。

けれど最近は少し違う。

横浜スタジアム周辺にはイベント帰りの人が増え、
カフェには観光客や若い世代が自然に混ざっている。

街に、“滞在する理由”が増えている。

これからの関内は、
オフィス街でも、飲み屋街でもなく、
“暮らしと遊びと仕事がゆるやかにつながる街”へ変わっていくのかもしれない。


🌤 おわりに

セルテが閉館し周りの有名飲食店なども移転したことで、関内の景色は少し変わった。

けれど、街の記憶までなくなるわけではない。

江戸末期の開港以来の歴史にこれまでの官公庁・ビジネス街としての発展の記憶

そういう時間の積み重ねが、街の温度をつくっている。

そして今、その温度を残したまま、関内は次の時代へ向かおうとしている。

BASEGATEの新しい光の向こうで、
今日もどこかの小さな店に灯りがともる。

関内という街は、
新しさと懐かしさを混ぜながら、これからも横浜の中心としての役割を模索していくのだろう。